大判例

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東京地方裁判所 平成元年(特わ)273号 判決 1989年9月05日

本籍

東京都新宿区上落合二丁目五四三番地

住居

東京都新宿区上落合二丁目二四番一一号

弁理士

中島宣彦

大正四年八月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金三六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都新宿区上落合二丁目二四番一一号に居住し、同都港区赤坂一丁目一番一四号溜池東急ビル九階に事務所を設置し、弁理士業を営むかたわら、営利の目的で継続的に有価証券売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外するとともに右有価証券売買を他人名義で行う等の方法により、所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五八年分の実際総所得金額が一億五八二八万八七八八円であった(別紙一の1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五九年三月一五日、同都新宿区北新宿一丁目一九番三号所在の所轄淀橋税務署(昭和六二年七月一日「新宿税務署」に改称)において、同税務署長に対し、同五八年分の総所得金額が九七九万三一六四円で、これに対する所得税額が一〇二万九三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第四九六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億二二八万二二〇〇円と右申告税額との差額一億一二五万二九〇〇円(別紙一の2脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五九年分の実際総所得金額が六四二六万一〇一八円であった(別紙二の1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月一五日、前記淀橋税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が九一〇万二六四二円で、これに対する所得税額が九三万二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三一九六万九〇〇〇円と右申告税額との差額三一〇三万八八〇〇円(別紙二の2脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和六〇年分の実際総所得金額が四一八六万八六七二円であった(別紙三の1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一五日、前記淀橋税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が八九一万五九三七円で、これに対する所得税額が三一万三四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一七一八万四〇〇〇円と右申告税額との差額一六八七万六〇〇円(別紙三の2脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書六通

一  中島宣治及び中島宣雄の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  収入金額(配当所得)調査書

2  収入金額(雑所得)調査書

3  取得費(雑所得)調査書

4  源泉徴収税額(税額控除)調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  検察事務官作成の電話聴取書

判示第一及び第二の各事実につき

一  収税官吏作成の国外収入(事業所得)調査書

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の捜査報告書

一  押収してある五八年分の所得税の確定申告書一袋(平成元年押第四九六号の1)、同年分の収支明細書一袋(同押号の4)

判示第二及び第三の各事実につき

一  収税官吏作成の事業専従者控除額調査書

判示第二の事実につき

一  押収してある五九年分の所得税の確定申告書一袋(同押号の2)、同年分の収支内訳書等一袋(同押号の5)

判示第三の事実につき

一  押収してある六〇年分の所得税の確定申告書一袋(同押号の3)、同年分の収支内訳書一袋(同押号の6)

(補足説明)

弁護人は、本件ほ脱所得金額のうち、事業所得分は認めるが、有価証券譲渡益による雑所得分を争い、被告人の家族名義による株式取引は、第三者の名義を借用した被告人の取引ではなく、現実に名義人本人の取引であって、被告人の有価証券譲渡益は、年間一銘柄二〇万株以上の株式売却という課税要件を充たしておらず、また、かりに客観的には課税要件を充たしているとしても、被告人にはこれが課税されるべき場合に当たるとの認識がなかったから、右所得はほ脱所得から除外されるべきであると主張する。

そこで、検討するに、収税官吏作成の各調査書、証人中島宣雄の公判廷における供述、同人、中島宣治及び被告人の検察官に対する各供述調書その他の関係証拠によれば、被告人は、戦後の株式市場再開以来継続的に株式取引を行い、遅くとも昭和五八年ころまでには株式の譲渡益につき課税される場合の要件等についての知識を有するようになっていたこと、被告人は株式の売買の注文を注文伝票総括表等によりまとめて行うようにして売買回数を少なく抑えるかたわら、三人の息子やその妻、その娘などの家族名義による株式取引を行っていたこと、被告人が株式取引につき家族名義を使用した状況を見ると、その原資は必ずしも名義人本人に確定的に帰属した財産であるとは言い切れないうえ、株式取引をするにあたっても名義人本人の意思とは無関係にもっぱら被告人が独自の判断によって行っており、名義人の側においてもみずからの取引とは意識していないこと、被告人の動機としては、取引名義人である家族のために財産を遺してやろうとの心づもりであったにせよ、それは贈与の意思としては未だ不確定であり、必ずしも右株式取引の時点で具体的かつ確定的に財産を名義人に帰属させる意思であったとまではいえないこと等の事実が認められ、右事実によれば、本件の家族名義による株式取引は、実質的にはいずれも被告人自身の取引であると認めるのが合理的であり、課税要件を充足しているし、また、被告人もそれを意識して取引を行っていたと認めるほかないから、結局、被告人が取引名義の分散による所得の秘匿につき犯意を有していたことは明らかである。被告人は公判廷において、株式譲渡益の課税要件や、外国株式の譲渡株数の計算方法等についての知識はなかった旨供述し、被告人の検察官に対する供述調書中これに反する部分は検察官に迎合して供述したところを録取したもので信用性がないというのであるけれども、被告人の検察官に対する供述調書はその任意性につき疑問を抱かせるような事情がみあたらないうえ、右調書の内容は証人中島宣雄の公判廷における供述や中島宣治の検察官に対する供述調書等の関係証拠と符合すること、被告人の株式取引の規模が大きく、取引の経験が長期間にわたること、その他被告人の学歴、経歴、職業等の事情を考慮すると、被告人の検察官に対する供述調書の信用性を認めるに十分であり、これに反する被告人の公判廷における供述は措信できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

一  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

一  労役場留置

刑法一八条

一  懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、弁理士業を営む被告人が、事業収入の一部を除外したほか、有価証券売買の一部を他人名義で行う等の方法により有価証券譲渡益を秘匿して所得を過少に申告し、三年間にわたり合計一億四九一六万円余の所得税をほ脱した事案である。そのほ脱額は多額であり、ほ脱率も通算して九八・五%の高率であること、犯行の動機に特段同情の余地がないこと、所得秘匿の態様も株式の取引名義を家族に分散するなど計画的であること等の事情にかんがみると、被告人の刑責を軽く評価することはできない。もっとも、被告人はほ脱にかかる税額につき、修正申告をなし、本税、附帯税の納付を完了していること、被告人には前科、前歴が全くないこと、その他被告人の年齢、経歴等被告人のため有利に斟酌すべき情状もあるので、これらの事情を総合考慮したうえ、被告人に対しては主文掲記の刑に処し、かつ、懲役刑の執行を猶予することとした。

(求刑 懲役一年二月及び罰金四〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲田輝明)

別紙一の(1)

修正損益計算書

<省略>

別紙一の(2)

脱税額計算書

<省略>

別紙二の(1)

修正損益計算書

<省略>

別紙二の(2)

脱税額計算書

<省略>

別紙三の(1)

修正損益計算書

<省略>

別紙三の(2)

脱税額計算書

<省略>

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